特集・読み物

建築・住宅誌 編集長インタビュー

第7回

「日経アーキテクチュア」編集長 山本恵久氏
建築は、「完成してからがスタート」使い手に対する想像が働かないと、
いい建築は生まれない

1976年の創刊以来、「日経アーキテクチュア」では、一級建築士などの建築設計者・技術者を中心に、設計事務所、建設会社、行政など、建築に携わる多くのプロフェッショナルに向けて建築界の最新情報を提供し続けてきた。意匠、構造、設備などの「実務に役立つ情報」に留まらず、建築界を取り巻く社会・経済動向までの幅広い情報を専門記者がわかりやすく解説する。建築技術者の3人に2人は読んでいるという調査もあるほど、その信頼度は高い。「日本で一番多く読まれている建築雑誌」としてプロに支持される同誌編集長の山本氏に、業界動向や住宅を建てる際のアドバイスについて伺った。(聞き手:松田 亜子)

『日経アーキテクチュア』では、「建築」をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。

建築は利用者あってのものであり、「完成してからがスタート」だと考えています。完成した建築を取り上げるときには、「こういうものができました」と設計者自らが情報発信をするだけで終わってしまわないよう、誌面では必ず建て主(発注者)や利用者の声を入れるように努めていますね。実際に住んでみて起こった問題や、使っている人の視点で見たときに初めて分かることなどをリアルな声として伝えることで、主要読者である設計や施工に携わる方々にとって、建て主からの信頼を得るための有益な情報になればと思っています。住んだり使ったりする人の立場をイメージする力が弱いと、いい建築は生まれませんから。

実際に利用状況を紹介する記事はよく読まれていますし、取材する側にとっても、さまざまな「声」を聞くことで建築が持つ多面性を知ることができます。たとえば、昨年の特集で最も読まれた一つの「有名集合住宅その後」(2006年7月24日号)では、デザインやプランニングなどの面で挑戦したり実験したりすることによって注目された有名住宅を検証しています。家族形態が変質するなどニーズが多様化する中で、「普通のLDKの間取りは合わない」と感じていた人が喜んで受け入れる場合もある。逆に、その挑戦や実験がニーズを読み違えている場合も当然ありうる。居住者からは予想外の意見も出てきますので、予断を持たず、それらの声に耳を傾けることが重要であると再認識しました。

扱う建築やトピックスについては、どのような視点で選ばれているのでしょう。

まずは時事性があるものですね。隔週刊という特性とも関係し、ニュースであることは題材を選ぶときのポイントになります。建築についても、何らかの新しい話題があるもの、例えば計画面や技術面のチャレンジがあるものなどを取り上げることが多くなります。ただ、やはり運営者や利用者の声を聞きたいので、竣工してすぐのときが掲載のタイミングだとは考えていません。特集や連載などで深く掘り下げる場合には特に、そうした新しい取り組みが時間を経て社会・経済的にどう評価されているかまで描くように努めています。

決してあら探しが目的ではなく、例えば昨年の新年の特集「ひとに伝わる“建築の力”」(2006年1月9日号)では、妹島和世さんと西沢立衛さんが設計した「金沢21世紀美術館」(石川県金沢市)を取り上げ、「周囲に開かれた小さな街のような美術館」がいかにその場所に活力を与えているか、市民の愛着を獲得しているかを証言構成の形式で徹底的にルポしています。私も非常に好きな建築です。個人的にはほかに、海外を含めてファサードのデザインやエンジニアリングを集中的に追っていた時期があるので、その動向には関心を持っています。

今年は六本木の「東京ミッドタウン」を皮切りに、「新丸ビル」、有楽町や東京駅周辺の再開発など、都心の大規模プロジェクトに関するニュースが多そうですね。

いずれも海外の建築家が監修しているなど、それなりに注目はしていますが、正直、東京以外の国内全体を見るなら、あまりいい話は聞こえてこないというのも現実です。設計者も施工者も、コストパフォーマンスやスピードを非常に厳しく求められるようになっています。「安かろう、悪かろう」ではなく、コストを最大限に下げ、かつ、短い設計・施工期間で良質なものをつくってほしいと求められているわけですが、この状況にうまく対応できないと疲弊がひどくなるのではないかと思います。発注者側が建築に関する情報を多く持つようになったのも一つの傾向です。住宅の場合などは、建て主の要求が暴走ぎみになることもあるようで、昨年の特集「発注者の無理難題」(2006年5月23日号)では設計者側が“泣かされている”事例とその対応策を取り上げましたが、大きな反響がありました。

昨年は、耐震偽装問題についてもかなり検証されていました。

確認検査が民間に移行することで生じる課題は早くから指摘されていましたし、実際に問題が起こっているとの話もあった。何らかの記事にできないかと思っていた矢先に、それとはまた違うところからですが、姉歯・元建築士による偽装が明るみに出ました。耐震偽装問題とそれに対応して始まった制度改革の動向については、担当する記者の数も多めに配置して継続して報道してきました。これは、どのメディアよりも適確に検証してきたと自負しています。関係者や読者からは、「一般の新聞などでは取り上げきれていない実態に即した話を、建築の専門誌の立場でもっと社会に伝えてほしい」という声をかなり聞きました。限られた専門家の方に読んでいただいている雑誌ゆえに非常に難しいことなのですが、建築界と一般社会とを結び付けるような役割を果たすことができないかということは、編集部では常に課題として意識しています。

巻末ブック「Next-A」では、若手の建築家をフィーチャ"されていましたが、最近の若手建築家の共通項としてはどのようなものがあるのでしょうか。

確実に言えるのは、「Next-A」で対象としたような若手建築家は建築の領域に留まらず、ボーダーレスに活動する指向が強いということです。インテリアやプロダクト、アートなど、関連する領域のものも貪欲にデザインしたいという意識が非常に高い。領域を限定せずに手がけることによって、建築や住宅をデザインするときの発想を豊かにする効果を生むことも多いのではないでしょうか。そういう意味では、これからも新しい才能がどんどん生まれてくるでしょうし、住宅を依頼する側の期待に応える今までにない新しい提案も増えてくると思いますね。

「Next-A」についてはコンセプトをリニューアルし、若手向けの企画として新路線を開拓したいと考えています。また、2003年から「日経アーキテクチュアコンペ」(アイデアコンペ)を主催していますが、これも応募者のほとんどが若手や学生です。あるテーマを一緒に考える場をつくり、雑誌の存在を認知してもらうきっかけにするということで始めて、昨年が4回目でした。毎回、ひとりの審査員がテーマ設定から審査、賞金配分まで一貫して行うのが特徴です。昨年は読者以外にもオープンにしたため、参加者が倍増して約200点の応募がありました。今年も開催予定で、夏以降に要項を告知します。

若手を含めてさらに読者を開拓していく必要があるので、この4月には誌面刷新を行い、以降も時間をかけて読者満足度が高まるように改善していきたいと考えています。ウェブサイトの「KEN-Platz」やその中にある読者限定サイトなどを活用し、情報を共有・交換するためのコミュニティづくりも工夫していきたいところですね。

編集長にとって心を動かされる建築というと、どんなものでしょう。

現代の建築から具体的に選ぶのは難しいですね。私自身は、建築以外の雑誌にかかわっていた時期が半分ぐらいあって、この編集部に戻ってきてからも、ごく著名な建築の一部を見に行くことくらいしかできていません。あまり知られていないけれども心を動かす建築などというのがきっとあるのだろうと思いますので、もっとこまめに足を運ぶべきなのでしょうが…。学生時代には、コルビュジエの集合住宅「ユニテ・ダビダシオン」ですとかを見に行って、それは当時の鮮烈な記憶として残っています。あの頃の感動を超える体験はなかなかない。この仕事を始めて懐疑的にものを見る習性がついてしまっているので、建築に対してもどうしても多少いじわるな目で見ていることがあるのかもしれません(笑)。

雑誌としては、視覚的な見栄えを優先したものが良質な建築だとは考えていませんし、それは建築に携わっている方々の多くも同じ意識だと思います。仮に居心地のよさや機能性を重視するなら、かつての宗教建築に相当するもの以外には大きな「感動」は求めにくいのかもしれません。ただ、実際に訪れたり使ったりする中で発見し、実感するちょっとした感動は人それぞれあるのかと思います。初めの話に戻りますが、そうした声を聞いていくことでバランスをとっているところがあって、「この建築が好き」「あの建築に感動した」という主張が強い雑誌ではありませんね。一方、「昭和モダン建築巡礼」という“建築愛”あふれる長期連載があったりしますので、それはそれでバランスをとっているとも言えるわけですが。

今、編集長がお住まいの住宅についてはいかがですか?

一戸建てに住んでいますが、わりともろもろの危険を先回りして心配してしまう性格なので、気になるのは耐震性を含めて安全面・安心面の性能だったりしますね。建てるときはそれなりに将来の変化を考えたつもりだったのですが、子どもの成長などに従って実際にこうしたいなと思うようになった生活スタイルは、想像していたものとはかなり違ったりするので、その辺をもっとフレキシブルに対応できるようにしておけばよかったかなと思います。例えば、子どもが勉強するのは個室でない方がいいのではないかという議論がありますが、実際にいまはそのように使っている。だったらこういう空間にしつらえたいなと考えても、対応力という意味ではちょっと足りない感じです。敷地の制約があるので、そもそも難しいことだったのですが…。雑誌では都市型の狭小住宅なども掲載していますが、ハンディのある条件を克服して建てたものは、収納や採光の工夫などがやはり参考になるのではないかと思っています。

これから住宅を建てる読者に向けて、アドバイスをお願いします。

実際に見聞きした中で同感だったのは、設計を依頼しようと検討している建築家が手がけた住宅を、必ず見せてもらうのが望ましいということです。住宅が完成してから、建築家がきちんとケアできずに建て主と疎遠になったりするケースはやはりあるわけです。仮に問題が起こっていても、それを解決していくなかで建築家と建て主が信頼関係を継続しているかどうか。それを判断するには、実際につくってきたものを訪れて、建て主にも会うことができれば確実性が高まると思います。

デザインやプランニングの面で、建築家がある種の挑戦や実験に踏み込むことはありうるわけで、それが必要な場面もある。そのことよってどういう事態が起こるかイマジネーションを働かせた上で、住み手との合意ができているなら、おそらく問題はないのだろうと思います。写真だけを見ると、「これ、大丈夫かな」と編集部の中で議論になる住宅などもあって、だからこそ建て主との間でどういう意思疎通のプロセスを踏んでいるのかを知りたくなるということもあります。やはり「知る」ことは非常に大事で、最近は情報源も相当に増えているはずですから建て主の方もかなり勉強しているのではないかと思います。一生に一度か二度の買い物を託すわけですから、建築家と建て主との間に立つプロデュース会社やプロデューサーが第三者としてさらに判断機能を補強してくれるなら、安心度が高まるということはあるのかもしれませんね。

日経アーキテクチュアとは?

日経アーキテクチュア 2007年3月12日号 出版社 日経BP社(2007/03/12) 1年(26冊) \1,8000

1976年に創刊、建築設計者・技術者をメインの読者ターゲットとする業界専門情報誌(毎月第2・第4月曜日発行/増刊号2冊を含み年26冊)。建築関係者の3人にふたりは読んでいるという統計があるほど、業界でその知名度は高い。誌面では業界の最新ニュース、建築界を取り巻く社会・経済動向から経営実務まで、専門家が求めるさまざまな情報を紹介している。

最新号2007年3月12日号の特集は「コンペ・プロポーザル 勝利の決め手」。注目されるプロポやコンペで仕事を勝ち取る方法を紹介する。建設・不動産専門情報サイト「ケンプラッツ」も展開している。

山本恵久(やまもと よしひさ)氏

1961年生まれ。横浜国立大学大学院工学研究科(建築学専攻)修了後、日経BP社(当時・日経マグロウヒル社)入社。『日経アーキテクチュア』記者・副編集長、『日経CG(コンピューターグラフィックス)』『日経エコロジー』副編集長などを経た後、2002年に再び『日経アーキテクチュア』副編集長、06年3月に編集長に就任。

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