「HOUSECOで家を建てました!」先輩施主の皆さんに訊く
そこが知りたい家づくり10の質問

第1回
プロジェクトNO.61 横浜市港北区M邸 (神奈川県)
「吹き抜けと階段を駆使した
魔法のような設計でワクワクと
利便性が同居する家を実現」
施主:前田浩一さん・公美子さん
家づくり10の質問

Q.1 今の家の住み心地はいかがですか? また、あなたが特に気に入っているところを教えてください。
刻々と変わる明るい日差しにつつまれて、とても快適に過ごしています。 完成後2年経っても、いまだにワクワクさせられる変化に富んだ空間構成と、完成度の高い利便性に大満足です。
Q.2 どうやって家づくりに必要な情報を集めましたか?
ネットや書籍、雑誌などから情報を得るだけでなく、ショールームなどに出向いて実際に見て触って確かめたり、そこで具体的な相談にのってもらったりしたことがとても役立ちました。
Q.3 ハウスコを知ったきっかけは? どうしてハウスコで家づくりを進めようと思われたのですか?
土地が決まった後、複数のハウスメーカーや工務店に設計の相談をしていたのですが、いずれの提案も気に入らなかったので。ハウスコンペ(現ハウスコ)はインターネット検索で見つけました。
Q.4 建築家を選ぶ決め手となったことやエピソードがあれば教えてください。
都留さんのプランを見て惹かれたのは、挑戦的なまでに自由で豊かな発想と、隅々にまで行き届いた繊細な気配りとの絶妙なバランスです。お会いして感じた、こちらの要望を真摯に受け止めてくださる姿勢に、「この方となら信頼して一緒に家作りができる」と確信しました。
Q.5 建築家と契約を結ぶにあたって苦労したことなどありましたら教えてください。
経験に裏打ちされた堅実さと意欲的で斬新な発想、強力なリーダーシップと細やかな気遣い…。全てを満たすことなど不可能ですから、結局は家族の中の意思統一に最も苦労しました。
Q.6 施工業者はどのように選定されましたか?
3社から見積もりを取りましたが、最終的には親戚から紹介してもらった建設会社に決めました。金額的なことよりも、竣工後の保証の意味合いを考慮した結果です。
Q.7 家づくりの過程や建築家とのやりとりで、もっとも『楽しかった!』『苦労した!』『感慨深い!』エピソードについて教えてください。
設計上の難題がクリアできず、夜遅くまでみんなで頭を突き合わせて知恵を絞った末に、思いもよらない解決策に行きついたことがありました。実にエキサイティングな瞬間でした。
Q.8 実際に立った住宅と建築家のコンペ提出案との間にギャップはありましたか?
コンペの後、都留さんと契約を交わした上で、改めて打ち合わせを重ねたことによって、初めて我々がどんな家を求めているのかが鮮明になりました。それをもとにプランを一から作り直していただいたため、建物の形状や配置、間取りなど設計の全てが大きく変わりました。スケジュールも大幅に変更になりましたが、今思うとその過程は不可欠だったと思います。 また都留さんには、安く抑えるために随分苦労をしていただいたのですが、実際には金額も膨らみました。しかしそれは一方的に、「あれもこれも」と欲しがった我々の責任です。
Q.9 建築家と家を建てて良かった!この感想をひと言で言うと?
我が家に心からの愛着が持てること。部屋の配置や天井の高さ、壁や床の色や材質、窓の位置や大きさや構造、扉のヒンジや引き出しの金具、コンセントやスイッチ類の位置に至るまで、我が家にまつわる全てのものに、そこに存在する理由があり、過程があり、感慨があります。
Q.10 もし、もう一度、家を建てるとしたら、どういう方法で建てたいですか?
もちろん建築家と一緒に建てたいと思います。他の方法など考えられません。こんなに楽しいことはありませんから。
もっと知りたい!施主の本音
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Q7の解答にある「設計上の課題」と「思いもよらない解決策」とは?
敷地の問題で、北側斜線制限があり、建蔽率も容積率が低かったため、建物の高さ、つまり天井高が十分に確保できなかったことです。私たち自身も土地が狭いことをすごく気にしていました。
そこで都留さんからいただいた提案は、階段とスキップフロアでした。 北側斜線をうまく利用した設計で、実際竣工した家も高さはそれほどありませんが、低くは見えないんです。部分的に吹き抜けをつくった、うまく視界が拡がる設計です。視線をうまく飛ばし、広く見せる錯覚をうまく利用した設計をしていただいたことで今では「広いな」と思うことすらあります。
家づくり」において特にこだわったポイントは?
私たちはすごく「動線」を重視していました。リビングからお風呂、寝室からお風呂、玄関からリビングなど。なぜかというと、夫婦で生活時間が異なるものですから、それでも快適に暮らしたかったんです。
将来的に家族が増えれば、より生活時間はずれてきます。その場合にも対応できるようにと、希望した動線がとにかく多かったと思います。すべてをクリアする配置はとても難しかったと思います。都留さんには何とおりもの案を出していただきました。
実際に竣工して住み始めた当初は、ずっと図面で見ていたのに、実際に家が現われて、現実感がなく戸惑いました。今まで見ていた模型の中に自分たちがいるという不思議な感覚もありましたが、数年経った現在、動線的に問題はありません。
ハウスコにおいて、一度「採用案なし」との経過報告をされていますね。 そのあと都留さんに決定された経緯を教えてください。
最終的にふたりに絞ったんです。でも決心がつかずにズルズルと時間だけが経過していきました。
案を出してくださった方にも結果を報告せずに申し訳なく思い、決断が必要となったときに「採用案なし」を選択しました。
でもその後もいろいろな人と会い話していった結果、主人とも「ハウスコで最後まで悩んだおふた方がよかったね」という話になりました。
私は都留さんのプランが最初から好きだったんです。でも今だから正直に言いますが、建築の世界は男性も多いし、泥臭いだろうから、都留さんはお若いし大丈夫かと心配でもありました。でも、実際にやってみたら、非常に根気のある方でした。私たちが随分とワガママであったにも関わらず、誠実に根気強くお付き合いいただきました(笑)。年齢よりも、会った時のフィーリングを信じてよかったと思っています。
担当した建築家さんに訊く 思い出に残るエピソード
プロジェクト全体で印象に残るエピソードを教えてください。
ひとつの階段のアイデアが、複数の設計条件をすべて解決することになりました。
そのアイデアをもとに成立したプランの醍醐味を前田さんと共有できた瞬間は、とても印象に残っています。
施主さんとのやりとりで印象に残るエピソードを教えてください。
設計期間中前田さんは関西にお住まいだったので、メールのやりとりを中心にコミュニケーションを図っていました。直接会って打合せする機会は貴重だったので、2日連続で終日話し合い続けるなど、まるで合宿のような打合せをおこないました。
遠距離という物理的なデメリットを埋めるべく留意した点はありますか。
なるべくわかりやすい資料をつくるようにしたことくらいです。メールのやりとりは膨大になりました。
前田さんも忙しい方でしたし、コミュニケーションの経緯が全て残るのでメールのやりとりがいいかなと考えていたのですが、意思疎通に齟齬が生じることもあり、そうしたときには時間的にも労力的にもロスしてしまいました。今思えば、内容によっては電話で打合せしたほうがスムーズだったかなと思います。
施主先輩からのメッセージ

信頼できる建築家と一緒に家を建てると、メーカーハウスのように既製品を当てはめて作る家とはまったく違って、 土地の特長や家族の嗜好にぴったり合った家ができ上がります。そこに至るには、 実は膨大なものごとについて地道に情報収集を行い、さまざまな角度からクオリティとコストを吟味する という大変な作業が伴うのですが、その結果、圧倒的に質の高いものが、しかも低コストで手に入れられます。 これは間違いありません。
利便性や経済性もさることながら、私が建築家のすごさに舌を巻いたのは、狭いはずの空間が、 不思議なことに実際よりずっと広く明るく感じられることです。私たち素人は空間の大きさを絶対的な数値だけで 推し量ってしまいがちですが、広さというものは、感覚的な要素が非常に大きいもののようです。 大胆に吹き抜けを作ったり、ハイサイドから光を取り入れたり、壁や床、天井の色や材質を工夫したり、 行き止まりを作らないように導線を確保したり。風の流れや光の向きだけでなく、視線の抜けや 時には錯覚までをも操るさまざまな設計の妙で、空間は実に伸びやかに横へ上へと広がっていくものなのです。
しかし、そうした工夫満載の設計図を具現化させるのは、容易なことではありません。 まさにその神髄ともいえる部分にとりかかろうとすると、往々にして施工業者が「そんな方法はやったことがない」 「そんな材料は使ったことがない」と二の足を踏むのです。 いくら建築家が私たちの要望を形にしようと知恵を絞って提案してくれても 、安全性や耐久性、施工性などを含めて施工業者に納得してもらわなければ工事は進みません。
決断を迫られる私たち施主は、ともすれば「難しい」と主張する施工業者の言に従って諦めてしまいがちです。 しかしそこで安易に妥協してしまうと、せっかくの魔法のような設計を台無しにしてしまうかもしれません。 ですから建築家の意図とその効果を良く理解し、一方で施工業者の忠告に耳を傾けながら、両者の主張を最大限に生かした形で「これなら大丈夫だ」と皆が確信できる新たな方法を、粘り強く導き出していく以外にありません。
私はそうした吟味を重ねることこそが、満足できる家を手に入れるために最も大切な過程なのだと思います。熟考を重ね、その都度最善の方法を導き出しながら建てたからこそ、家の中にあるありとあらゆるものに、そこにそうして在ることの必然性が存在し、そこにたどり着いた物語の記憶と共に、すべてを心から慈しむことができるかけがえのない我が家を手に入れることができるのだと思うのです。
データ
プロジェクトNO.61 横浜市港北区M邸(神奈川県)
- プロジェクト公開
- 2001年12月17日
- 設計案締め切り
- 2002年1月10日
- 契約
- 2004年8月20日
- 着工
- 2004年4月18日
- 竣工
- 2004年12月26日
- 工務店
- 家族構成
- 夫婦2人
- 計画
- 新築
- 敷地
- 113 m2
- 予算
- 3500万円
- 設計
- 都留理子(都留理子建築設計スタジオ)
- 施工
- 株式会社土屋組








